ひさはる日記

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help リーダーに追加 RSS ひさはる日記 遍路閑話より [ 桜餅を戻す話 ]

<<   作成日時 : 2009/01/15 10:25  

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二十七番神(こう)峯寺(のみねじ)を打ち終え駐車場へ戻ると、車脇の路傍に男が一人もろ肌の
左足を擦りながら肩落とし伏し座している。
  時刻はまだ朝の9時前だが、疲労の強さが背中越しからも窺える。
  思わず「どうかされましたか」声をかけたが気付く気配がない。
  もう一度声掛けするとびっくりした表情に困惑を絡ませ、狼狽した眼元に羞恥の笑みを浮かべ振り向いた。
  この出会いが彼との2日半の移動を伴にする事になる。
  若い青年で遍路装束は身に着けていないが明らかに歩き遍路であり、困憊(こんぱい)の度合い順常で無いことが察しられ、滲む汗をしばたたせ眼は虚ろである。
  日焼けした顔に細い無精髭を顎元にチョロチョロとたくわえ、形が良いとは
とても言えない坊主頭、使いきった和手拭をバンダナ様に後ろ手にしている。
  薄手のグレーのジャンパーをはおり、くたびれたスニーカーを覆い隠すこれまた当て繕われた継接ぎだらけのジーンズ。
  身丈(みたけ)は私し位だろうか、当世(いまどき)の若者にしては小柄な方だろう。
重心がやや下がった小太りな体型はお世辞にも美躯とは言い難い。
  歩き遍路には不釣合の大き目のザックの上に、簡易マットと寝袋を丸重ねしている。 
ただ杖仕立てにした大ぶりの自然木には味わいが有り、般若心経刻印の市販物とは一味違った風格が視てとれた。
 2                                 
   立ち去り難く「車どうですか 拘(こだわ)らなければあなたの都合の良い処まで」
私も人が好い、お接介な親切根性がつい口にでる。
  (出発の前も妻からよく言われたものだ、親切もよいけれどほどほどにしてね
場所が変わればいろんな人居るからと)
  彼の返事は遅れに遅れお互いの気持ちの探りあいの末、とりあえず二十八番
大日寺迄同行することになる。
  神峯寺への登りは、基点の海岸部よりやや平坦の路を2km程山寄りに進むと
高低差400m程の一気の急な登りで、寺への俗称真(まっ)楯(たて)の路とも呼ばれる遍路(へんろ)転(ころ)がしの難所である。  
途中でもこんな季節なのに、下着姿で呼吸を整えている男性遍路を見かけたほどである。
  「登りで足首を痛めまして」少ない口数だがポツリ ポツリと事情を語りだす。
  謙虚な言葉使いには多少好感を持ったが、私には何かひ弱さが気に懸かり若者らしい覇気が乏しく感じられたのである。
  それぞれが それぞれを託す春遍路 ハンドル握りながらつまらない句を創作する。
  「今日で八日目です 和歌山からフェリーで徳島へ 番外霊場も廻るっているんですが この辺りすくないですよね 番外」  
私から詮索する様な言葉掛けはしないが、道中は車でも永い。
  暫く会話が途切れる。  
遠慮心だろうか、言葉が単発で宙に浮く。

インターバルの多い刻を挟んで、一方通行の語りが淀みながら耳届く。
「二年前にも廻りました  ルートは同じ順(じゅん)打(う)ちで 」 語りながらも脚首を擦る彼の手は休み無しに続いている。
私が「何か処置をしなければね」と語りかけると、「癖になっているんです   時間がたてば直ります」
  「随分辛そうに見えたけど」と私、「 ええ 一寸無理しました その時点で休めば良かったんですが 寺が近い事 解っていたのでつい 筋肉痛の様なものです」
  さらりと言ってのけられ拍子抜けする私に彼は「 新潟県ですよね  此の辺りでは新潟の人滅多には会わないけど  実は僕も新潟なんです 」
  驚いてミラー越しに見やると、童顔が気恥ずかしさで よろぼい 弾けるように写し出された。
  二十六歳 、新潟市内の集合住宅に家族三人住まいとの事、名前はS君。 
最初に勤めた会社は訳有って辞め、今はアルバイトをしながら費用を貯め
あちこちを廻っている。
  生活は親掛かりの為、両親には疎まれているが祖母が近くに居り相談に乗ってくれ理解者だと彼は言う。
  今回の遍路行も親には内密で祖母にだけ内空け、小遣いまで餞別代わりに貰ったとの事だ。
  贅沢な事は成し得ないが それでも最低限度の掛かりはする。
郵便貯金を小額だけその都度引き下ろして凌いでいる。 
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口籠りながらも こちらを窺がう事無く話続ける。
「ワンコイン行脚のようなものです」 屈託なく笑うが自嘲の陰が再び忍び出る。
「不思議なんですよね 貯金の残高 あまり変わらないんですよ」
  [祖母が差し入れてくれるんでしょうが]「 僅かな年金暮らしなのに棲まないです」「カード番号知る訳ないと思うんですけどね」「新手の振り込め詐欺みたいで申し訳ない気がします」言いながら深く身を沈め肩おとす。 
語り口には新潟県人特有の重たい語韻が 醸し出る。
  こちらからの問い掛けはしないが、話の内容が立体感を増してきた。
  性格は悪い男とは想わないが 撫で草のようで心許無い。
  始めから私が新潟県人と知っていての振る舞いだったのだろうか、ナンバープレートの 長岡 は新潟住まいなら周知である。
  いらぬ詮索はよそう、青年に戻る。
  昨夏、簡易テントと寝袋 米 味噌 携え一週間 県北で山籠りしたとのこと、土地の住民に不審がられ 駐在所員に尋問された経験も。
  「ギターが好きで 思い切り弾けますからね  周り気にせずに」 淀みを交えながらも とつとつと語る口元が微妙に歪む。
  遠くを眺めるような気体の眼差しが、天を見据えて動かなくなった。
  暫し沈黙が流れたが突然唐突に「音楽関係の仕事に就きたいと思うのだけれど今の時点ではなかなか」ここで会話が途切れた。
  国道55線は海岸部より平地を高知方面にかなり進み、目標の二十八番の札所

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大日寺(だいにちじ)へ 電話番号でのナビ設定を彼に乞う。
  「二十八番さんですね 二十八番さん」霊場を数字番号読みでナビ検索する無頓着さに軽い苛立ちを覚えたが聞き流す事にする。
大海の波は悠久の調べ、グラスの波は己にふりかかる、要らぬ波はたてるまい。
  人はそれぞれ それぞれ行き交う今日の日だ。
今迄気付かなかったが彼の指先の爪は五指共に異様に伸び、爪先を庇うかの様に指を反らしながらの画面タッチには危うい不自然さが残る。
  「怪我でもすると危ないから切ったら 爪切り有るから」と誘いかけると彼は 「拘りが有るので  ギターへの」
  そう言いつも入力し終えた指を軽く重ね、溜息ともつかない小さな息を吐きかけた。 ギター携えての遍路行ではない。
思い入れの深さは察したが、一面悲しくも有り不憫の情をも覚えた私である。
  彼の今日までの軌跡に一抹の怪訝が生じ、あらわし得ない寂しさが潜んでいるのではないか、短い言葉の裏側をも迷い案じる私が居た。
  大日寺である。 駐車場に車を留め置き 遍路支度に姿を整え参ろうとする私の脇を、彼は少し足を労わりながらだが手ぶらの身軽さで先を行く。
参拝は山門ないしは仁王門から入るが徹足、決められた手順にて形通り行うは世の習いである。
  S君は違っていた。 側道よりひょいと猫が跳び入る様に境内へ、そのまま何処ともなしに私の視界から消え抜けた。 


呆れて見渡したが所在知らず、私の寺での所業(参拝、素描)は車中にて連絡済だが、それにしても軽薄極まりない振る舞いと腹立て苦り顔の私。 
なかなか無の境地には至り得ない。
一時間程経過し、スケッチのめどがついた頃後方にS君、 気体の様に湧き現れ立つ。
「何処にいたの」訊ねると「天気が良いのでベンチで横に 」 との事、ますます彼が気体に思えてきた。
先の所作を咎めると、根無し草の様な返事が返ってきた。「二年前 既にお参り済みなので」先の遍路行の話は聞いている、二の句がつけない。
  彼のたっての希望で金剛福寺迄連れ往く事にしたが、こんな事では私の路(みち)行(ゆき)の平常心までもが乱される。 「これからはしっかりとお参りして貰わなければこの先を考えなくちゃね」 問いただすと返事は「 ハイ」 この一言で彼は当面の危機を克服したのだ。
  私の甘さ加減も、彼の危機を帳消しにしたと言わなければならないだろう。
  誠に道中は春霞に蝶が舞うが如くにさすらいゆく。
  食事の話である。
  「おにぎり3個あれば一日充分です」真意を問いかねるが、話し方が又もや唐突で掴み得ない。「おにぎり3個だけでは体が持つまい」と話を振ると、「有ればあるだけ食べてしまいますから」と又掴み得ない返事が戻る。
  「この季節は汗も出ないし ちょっと寒いけど好く眠むれますからね 鏡覗けば解るんです  体重それ程変わらない事が」 と絵空事の様な言葉が返る。
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   自分の日々の生業(なりわい)を、傍観者の様に他人行儀に言い放つ。
  「昨日も3個でした」 静かに淡々と話すその表情には翳(かげ)りも見えず、実に平然たるもの。「でもお腹空くだろう 辛くは無いのかい」の問いに曰く、
「慣れですよ 慣れ 際限ありませんからね 食欲は」 とまさしく気体そのものの返事が戻る。
虚空を行き交うが如くに、まこともって彼の語りには質感が伴わない。
「僕はとてもそんなじゃ体が持たないよ」と苦笑いするが、S君は黙って聞き流す。 
度を越えたとしか思われない避食粗食を課す、何か特別に期する重たいものが彼に有るのだろうか。 余計な事だ。「体 壊さないように程ほどにしたら 
若いのだから」と差し向けると、「そりゃー たまにはお腹一杯食べますよ」との返事。 取り付く島が又消えた。
  あやふやな問答を、脈絡乏しく陽炎(ようえん)の如くに語る彼の心の裏側を、私は測りようが無い。  何故か彼には、他人が窺い知る事のできない不確かなものが常に付きまとう。
  一見ぎこちなく揺れ惑っている様に見られる彼の今回の遍路行、実は本音心中を悟られまいと自ら幕を張り、意識的に課している一人芝居なのではないか、そのように私には思われてならないのだ。 
  陽炎(かげろう)の様な淡い危惧を抱えながら、私は先を打つ。
  高知市郊外の二十九番三十番と打ち終え三十一番の竹林寺(ちくりんじ)にて、通しで野宿の彼を降ろし今夜の寝場所を尋ねると、ポケットから小さく折りたたまれた切抜

きを取り出した。
   宿泊可能な無料の簡易施設の一覧表で、此の近辺では桂浜 龍馬像近くが適地との事、どうやら都市公園の一郭らしい。
お国柄 歩き遍路が休める施設が巡礼路に沿って点在する。
  かっては一宿一飯 、風呂まで提供するいわゆる善根(ぜんこん)宿がそこかしこ視られたそうだが、今は時代の流れの中で数が少なくなったとの事。
淀みなく語る彼の言葉運びが、心なしか何時もより饒舌に聞こえるが、飯 宿 風呂まで善根を施す道理は当方には無い。
  明日を約束しての別れ際、仏心が頭をもたげ、お人好しが声かける。
  飯(めし)無し野宿は切なかろう「弁当どうだ コンビニ近くに在るから」と、「いや別に」彼は答える。「食パン2枚まだ有りますから」甘えを堪えたであろう無表情な言葉が返る。
  言い掛けたてまえ 無理強いするように彼を連れゆく。
  海苔弁が好きだと言う 380円、 品揃い中の最廉価だが好きだと彼は言う。海苔弁当でいいですよ では無い。
  気もどかしさがビールを上乗せする。篭に入れると日本酒が欲しいと返ってきた。 ビールは呑まない、酒も合成の紙パックが好きだと言う。
  益々のもどかしさが私を包み込み、3個が海苔弁当と共になる。
  些少の善意は成り行きで、混濁な疲労を倍加する。
ますます彼が気体となって、漂いゆく。
  「気分良く眠れたかい」 翌朝 約束の場所にて会うが一番声掛けすると、

「夜遅くまで若者グループが騒いでいて」と霧がはれぬ様なやや眠気顔。
春休みだからか 学生が何時迄もとの返事。
  どうもS君 同世代人との接触が苦手なよう、神峯寺でも大日寺(だいにちじ) 安楽寺(あんらくじ)でも。
一人歩き、二、三人連れの若者遍路は季節柄随所で見受けるが、自分から接点を持とうとはしない様に見受ける。
それぞれの人 それぞれの路行く遍路かな 昨日の呟きが甦る。
まさに人それぞれだが生き難かろう、健気(けなげ)で危うい不器用さが 霧のように彼の体全面を覆っている。 朝霧は今日の晴天を約束するが、彼は何処の道へと揺れ行くのだろうか。
  やがては大気の熱と絡み蒸発し、気体となって遷化輪転を繰り返す。
  穏やかな心暖まる処へと 流れ行ってくれれば良いのだが。
  話が再三 気体の行方へと往きたがる。  
  S君は相も変わらずのんびり気儘に散遊し、決められた時刻に戻ってくる。
  私は逆に追われるように気忙しく、霊所参拝と課題のスケッチをこなしてゆく。
  “一つ実を割(さ)いて頷(うなず)く酸(す)いと蜜(みつ)”  また戯れ句を想い創る。
  いつしか奥(おー)裏(り)の疑念も心なしかは薄らいできたが、他の路行く数多(あまた)の巡礼者とは時空を異(いつ)にする彼だけの、 他者が推し測り窺うことの出来ない負の寄る辺が存在するのではないか。 
手繰られたくない 行き着きたくない 探られたくない 秘密の隠し場所が在るのでは、そんな思案(おもい)も消すことが出来ず、霊所詣でを重ねてきたのです。
  負荷なる寄る辺かどうかは計り知れないが、何か重たいものが有る様な。
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この後の話の展開には 後述談が加わる事をお含み置き願いたい。
  あいも変わらぬ彼なのだが、画材を携え持つ役目 依頼した訳でないが率先し、身の処し方にも、ぎこちなさが伴ったあの後ずさりする様な遠慮が消え、切り
開く者が持つ存在感と確かさが、私には伝わり来たかと思われたのです。
彼の輪郭には厳しさが眼からも備わり、山門よりの入域(にゅういき)に留まらず、霊場が放つ厳かなる韻の気配をしっかりと自信の胆中に納めたかと。 
しかしそうでは無かったのです。
私にその様な思い込みをもたらしたのは、考えもつかなかった結末への予兆、窺いしえない彼の心の変遷がもたらした、内念との確執の軌跡だったのだ。
私のその後は、この早呑み込みの錯覚から歪進(わいしん)して行くことになる。
行を延ばそう。 以下の展開は彼のその後の口述をもとに、話は多少前後するが知り得た順に綴る事とする。
単刀直入に話始める、秘密の隠し場所である。
私に早呑み込みの錯覚を生じさせた彼の節度深い対応への急変化は、あの場所への到達が刻一刻と近付く事への畏怖心がなさしめた、萎縮者の気丈なる者への転換劇だったといえる。
霊場を打ち重ね三十八番札所金剛福寺が近付くにつれ、揚落を繰り返してきた彼の琴線は、嫌が上にも高まりを増し、噫(おくび)には出さないが息苦しさで胸内震え 、ただただ耐えるだけの自分がいたのだと言う。
しかし私には彼の表情に、屹然とした孤高さえもがみなぎったと思われたのだ。皮肉なる、おおいに皮肉なる曲解だと言わなければならない。
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彼は恐れていたのだという、
彼は怯えていたのだともいう、
時が刻む因果の行方の辛辣さに                                
裸の心の痛ましさに、
応報の事実の凄まじさに。
明日に迫ったあの忌まわしき自尊心をかなぐり捨てた戦慄を、いまだ引きずるあの場面との対峙を。
そして彼は願ったともいうのである。
葛藤ふり払えない、2年間に亙る脱魂の日々との決別。
負の一会がもたらした、深淵なる束縛からの解放を。
道中、車の中で私は彼に話した事が有る。
過去に何遍廻ろうが、今日の感慨は繰越できない今日だけの一会。
今有る自分を見失うな、過去の重みは明日の安寧に繋がる永劫の一会だった
のだと理解しようと。
私の語り掛けが、幾許の変化を 彼の脳裏に働きかけたかは知るよしも無い。
が彼は決したのだと言う。
此の言葉の先にある、余りにも因縁絡む己の過去の借劫(しゃくごう)を、今環浄しなければ一生涯悔やみ続けねば為らない責罪を背負う事になると。
素直に詫びよう 許しを乞おう 今あの場所に往かなければ、永遠に呪縛からの離脱は叶うまい と。
穏やかに待っていてくれればいいのだが 優しい陽光に包まれて 私を待って
12
いてくれればいいのだが、 春の風も 菜の花をも。
とても話が深刻になった。
一青年の始末記に過ぎないが、著し手の妄念が先行し過ぎたようだ。
話趣を変えよう 永い話では無い。
昨今 若者の遍路行脚は千差万別百人百様、直(す)ぐ樹(き)も有ればへたりの樹も有る。
(年長者のへたり樹には閉口もするが哀れにもなる)
観てくれだけで問う筋合いの問題で無い事は重々に承知はしているが、不遜と
さえも思える処わきまえない身なりや処し方は、気構えだけのエセ高潔者気取り同様この巡礼路からは直ちに駆逐されねばならぬ。
つい腹立たしさに暴言がつい口にでる。
そんな私も又 憤(いきどお)りながらも へたり樹には為るまいぞ と土佐の川風に吹かれ、禊(みそ)がれるを望んで立ちつくす。
安寧は純化の泉に湧き満つる さも最らしく言い放つ私もまた此処に居る。
美しい川が流れていると、流れる川の美しさとは似て非なるもの、視点と距離感がまったく異なるのだ。
美しい川の流れは傍観者が抱く情景的なる描写、刻を留めず普遍的に流れ往く。
流れる川の美しさは独自の主観で見出すもの、一歩踏み込まなければ見出せない刹那的なる感性の所産。 時を失しては獲得できない。
彼は踏み込んだのだ。
S君に戻る。

 13
行程は四万十の川を、蹴(け)れんみなく潔(いさぎよ)く渡る。
足摺岬へのうねり開(あ)け行く粗道は高低を繰り返し、近く遠く土佐湾を引き寄せては押し戻す。
伏目顔で車窓を追っていた彼の眼はいつしか閉ざされ、揺れ進む車の動きを全身で耐え受ける様に両の手を前に翳(かざ)し置く。
奇妙にも思えたが言葉掛け出来ない。
彼の心は打ち騒ぎ、烈しく過去との自悶(じもん)の呻(うめ)きを、嵐の如く繰り返し 繰り返し呟き続けていたのだという。
小刻みに震える自悶の呻きが言葉となった。
「停めて下さい 確かこの辺だったんです ああー この先です 前にも足痛めたあの場所です」 
前触れも無く上擦(うわず)る重たい言葉が、突然のしかかってきた。
拝み押し出すようにドアーを開け 数歩確かめるように惑い進むと、肩落とし斜(しゃ)しうち震え立ち戻る。
憚(はばか)ることを否定した彼の魂を引き搾り出す様な無慮の叫びに不意衝かれ、心を失くしうろたえ驚愕する私。
そんな私を後目に、平常心に帰りたい男の 独呼の抑揚の無い大きな浮言のような声が、繰り返し 繰り返し突き刺さる。
ひもじさについ桜餅を奪食(だっしょく)した2年前の出来事を、あたかも昨日の過ちの如く述懐する彼の言葉のうなりには、今迄のような曖昧さが掻き消え、時間を
超越した不義理を詫びる恐れさえもが耳届く。
 14
慌てていたんでしょうね 坂道で足踏み損ない転倒し 挙句のはての左足の打撲傷。
語り始めの高揚がいつもの間延び言葉になる直前「供え餅だったんです 実はお供えの」「墓石に何方かがお供えした桜餅、気が付いたら2個とも口に投げ込んで駆けていた」 
口一杯に頬張る修羅顔を誰かに見咎められないか、恐れ振り向きざまの転倒だったそうな。剥(む)き身だったら躊躇しただろうが、綺麗なセロファンに包まれた和菓子屋の桜餅。
賞味期限が当日だったと彼はいう。
墓石は小高い丘の上に有り、半分朽ち果てた小ぶりの粗石で、菜の花が周りを埋め尽くし、人の気配は微塵にも感じられなかったとの事。
近くに人家は一軒も確認出来ず、知己の方が供えたとは思えない、きっと通り掛りの遍路さんの心使いだったんではなかったかと。
必死に語る言葉の渦は、記憶を掻き戻して飛翔する。
気恥ずかしさが語りを拭わず、総身で小さく嗚咽するように懺悔の鐘を撃ち鳴らす。
怪我を語りに入れなければ清算出来ない心の負荷を、気まぐれ人に告白する封印を解くかのような彼の慟哭の語りに、冷静さを保とうとする私の影が揺れ歪む。  もうあと僅かで別れ往く、足摺三十八番札所 金剛福寺は目前である。
が参らなければ為らないという。
悔恨の情を示さなければならないのだと彼はいう。
 15
今直(すぐ)にでも駆け出し詫びねばならぬ、日が中天に有るこの時間に参らなければ気持ちが届かないのだと彼は言うのだ。  
眼を薄く閉じ遠くに語りかけるように、又語り始めた。
声低くして。 いままでの自分を置き去りにしたあの時以来、凡ての過去をも苛(さいな)まれ、今日の日が暮れるだけを願う彷徨(まよい)人に と曝(さら)け出す様に打ち明けたのだ。
天を仰ぐ彼の眼差しが眩しくゆっくり私に向けられ、怒涛の声がうねり揚がる。「今日は12日ですよね 3月12日  2年前の3月12日 、、、、 
実は僕 、、、此処に居たんです 」
語りを止めず 己を振り払い、 
「時間も丁度真昼前 疲れてもいたが 歩く意義をも失いかけ 自暴自棄になりかけていたのでしょうか 前をゆく 僕と同じ一人遍路の若者が 何故だか変に疎ましく 路を離れての桜餅との遭遇です」 「新潟は はい新潟 
始めから解ってました 痛(いた)んだ事は本当ですが でも助かりました あの時点での今日の此処はとても無理ですからね でも車なら一日コース あわよくば辿り着けるかもの目算は 始めから有りました」 廻り始めは以外に手間取るので どうかなあとは思いましたが、、、、失礼しました」
「一日でも今日の日が遅くなったら 止めようかとも考えましたが 本当に 本当に有難うございました」  
意外な展開に言葉も出ない。 「直ぐそこが分かれ道 左に上ればお墓です 間違い様が有りません 毎日 毎日あの時の自分が現れては消えて行きますから」
 16
私への詫び心と墓標への懺悔の情が、大粒の涙となって彼の頬を伝い落ちる。 「本当に申し訳有りませんでした」
窮屈そうに振り向き下げる額に滲む汗が、万涙と同化する。
行く手を阻むかのように雲間を払い、眩しい春の陽光が幻惑のカーテンを引き
降ろす。
眼をも塞ぐ白日光が 手を伸ばし天空から語りかける、いくな もうよいではないか 充分だ 充分だと、、、、、、
幾度も幾度も 陰になり日向になりながら天界の流れる雲は、引導の明暗を降り注ぐ。
あたかも烈しく鼓動する彼の心の不整脈を労わるかのように。
時が流れた、雲の先行きより僅かに遅れて、彼の借劫の時間が過ぎ行く。
虚空は天界の闇に届かんばかりに高々と蒼く、静寂が野辺を席巻した。
天日の下せし沃野に只一人、S君だけが流れさった二歳前(ふたとせまえ)のかたち有る気体と同化している。
この空間では私は部外者、声掛けさえも憚られる。
閉ざされた眼元に涙滲を微かに浮かべるS君を促し、先程彼が指差した墓標へ続く農道へ車軸を向け走り始めたその時、「待って下さい」と彼は己の両の足を踏ん張り支え、走行を制したのだ。
「、、、、、、帰りにします 、、、それにまだ準備も出来ていないし、、、 手当てもありますから」と、逃げでは無い事は私にも確信出来た.。  孤境の世界にて臨みたい彼の並々為らぬ決意が、その眼差しからも察しられたからだ。
17
過去からの経緯(いきさつ)を語り終え 気持ちの整理が付いたのだろうか、踵(きびす)を返す様な弾んだ声が戻ってきた。 
潔(いさぎよ)く座りなおすと「 三十八番さんに又セッティングし直しましょうか 」
春の岬道を窓全開に、あらゆる光りという光を総占めにした車が、金剛福寺めざし疾躯する。
三十八番金剛福寺は 西方(さいほう)浄土(じょうど)への門出の札所(ふだしょ) 、補陀落(ふだらく)渡海(とかい) 涅槃(ねはん)の地への死行船出の霊場という。
厳しく重い伝えを抱えた足摺の古刹に、諸情の負荷を背に纏い、降りたち出(いず)る青年一人 寧(やすらぎ)求め船出する。
「大丈夫かー」 声は潮騒に搔消され、足摺の眩しい陽光に幻惑されて気体になって流れ往く。  「大丈夫かー  大丈夫かー  大丈夫かー」
一人になった。
又静かな参拝素描が戻って来たが、何故か私の心はこの足摺を離れ、あの優しい風が吹き抜ける菜の花畑に舞い降りる。
彼は何処(いずこ)を歩んでいるのか、しっかりと侘び悔やむ事が出来るだろうか。 
想ってはならぬ懐疑の念が頭の中に蟠(わだかま)る。
彼はあの時、行かねば為らぬ彼の道をひとたびは躊躇した。 
が私は添(そう)情(じょう)の道理の逸脱を計る。
躊躇の念は微塵も無く、ただただ 黄色い大地に佇(たたず)む彼の後姿を望めれば、
私の土佐も完了すると。
 
18
右手は太平洋が切れ込み、土佐湾を呑み込むかの様に繋がる断崖が果てを知らず洋獏(ようばく)を分け、左は新緑を待つ潅木が、菜花を従え緩(ゆる)み繁(しげゆ)るうねりの丘。
眼を凝らし、言われた儘の当て知り得ない墓標を探り行く。
暫く往くが其れらしき処へは行きつかない。 
焦りにも似た不審が頭を擡(もた)げる。
路は細く、車は菜の花畑を浮き沈み、まるで大海に煽(あお)られるが如くに窪地より
一気に波上(はじょう)に駆け上(あが)り思わず一点を凝視して急停車する。
彼だ 確かに彼だ、後ろ姿にて確かめ得ないが 彼の他に誰が此処に居るものか。
しかし距離があまりにも近すぎた。30mとは離れていない 拙い、一瞬たじろいだが彼は気が付いていた。 満面の笑みにて手招きする。
大きく黒い杖差し上げて、歩み寄る姿の脇に茶色で模(かたど)られた墓石が姿を現す。
「きっと来られると思っていました」 くしゃくしゃになった笑顔が、此処での時間の経過をものがたっている。
彼の身なりは先程迄とは違っていた。
仕舞い込んでいた純白の白衣を纏い、頭にはおろしたての白い手拭をきつく後ろ手に、胸には和袈裟(わけさ)、凛々しくかつ厳かとさえも感じる彼の周りを午後の陽射しが降り注ぐ。
二尺にも届かぬ 刻印も定かならぬ裸の墓標。
墓標を囲み込むかのように咲き誇る黄色い菜花。
その菜花の裾に桜餅が3個、花に合掌されるよう掻き分け置かれ、供えられている。 晴ばれと笑み含ませて言い放つ、「2個はお返し 1個はお詫びです」
 19
迷いが切れたのだろう、顔立ちに安堵が浮かび 若者らしい生気が戻ったように感じられた。
「ではこれで本当のお別れだね」車に帰りかけると彼は慌てて肩がけされた頭陀(ずだ)袋(ぶくろ)から、私へのお礼の気持ちですと小さな袋を差し出した。

後程開けてみると、綺麗に包み込まれた桜餅が3個、白い納(おさ)め札が一枚一諸に添えられている。
納め札にはしっかりと自分の住所氏名がしたためられ、細かい文字でこれまたしっかりと、丸い丁寧な穏やかな書体で 感謝の言葉が綴られていた。
きっと此処に来られると、彼が言ったことは間違いではなかったのである。

  


     




ひさはる日記  遍路閑話より  『桜餅を戻す話』
 
                   
  
  
           〒940−0034
           新潟県長岡市福住1-2-18
      五十嵐 久晴

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